異国の喫茶店へようこそ
合間には工事担任者試験の勉強や家のことをチョコチョコやっていました。
今月はボーナス時期で退職者が出るからか、求人がとても多くなっています。(ここが山場?)
計画していた内容はほぼ完了。
おまけに大まかな年間計画も仕上げちゃいました。
今年もあと半年ですしね!
忙しいながらも充実した日々とは、こういうことを言うのかもしれませんね。
さて、今日の面白かったこと。
今週の計画が一通り片付いた夕方、勉強しにいつもの喫茶店へ。
この店では若い中国人女性が何人か働いています。
そして、日本人スタッフがいなくなり、お客さんが僕しかいなくなった時、彼女たちは中国語で会話を始めます。
それがもう、マシンガントーク。
マナーから言えば、他のお客さんだと嫌がる場面なのかもしれませんが、面白いので黙って勉強しているふり(笑)。
だって、目をつぶると、そこはもう異国の喫茶店じゃないですか。
しかも200円で!(笑)
彼女たちが中国語を使うと、他の日本人スタッフと日本語を使っている時よりも口調が激しくなります。
多分、普通の会話なんでしょうけれど。
はっきり物を言う文化なんだな、言語と文化はつながっているんだな、海外の日本人が同じ状況になってもこうはいかないだろうなとか、あれこれ考えてしまいました。
来週も頑張るぞー!
仙台の献血ルームに来てみたよ。
秋田も夏間近です。
蹴ること。
くれぐれも埋まらないよう、気をつけます!
さてさて、僕は月に何回か、宇宙人な上司に最高潮にキレます。
(もちろん心の中でですけれど。)
…それが今日でした(笑)。
こういうストレスは大嫌いですが、飯を喰うためにはやむを得ません。
いい仲間もいるのが救いかな?
ちなみに、ストレスの発散方法は、(将来につながる)勉強と転職活動と電柱を蹴ることくらい(笑)。
先が分からない現代だからこそ、自分がしっかりしなくてはと思います。
世界献血デー 6/14
なんでも、ABO式血液型を見つけた偉い方の誕生日なんだとか。
今週にスケジュール合わせておけば良かった!
でも、東北はみんな地震でバタバタしてたかな?
逃げたらついてきました。

今日は、危険物の勉強1回目を終え、工事担任者(総合種)の勉強を再開しました。
工事担任者とは、ごく簡単にいえば電話や無線LANなどの接続工事をするための国家資格。
この上級資格は、電気通信主任技術者。
ええと、高校の科目でいえば、物理です。
高校一年で物理の赤点を取り、文系クラスに駆け込んだあの頃が懐かしい…(笑)。
前に合格した第一級陸上特殊無線技士も物理だったのですが、計算問題の数が少なく、無視しても運良く合格できました。
…が、今回は電気回路の計算をする専用科目があります。逃げることは許されません…。
オームの法則とか、直流・交流とかですね。
15年前のことがこんな形で現れるなんて、まさに因果応報とはこのこと。
…よし、今回は電気回路を好きになってやる!
多分(笑)。
秋田県秋田市、震度4
あそこらへんって地震が多いですね!
大人の難しさ

大学生の頃、仕事に伸び悩んだ時期があった。
本業はもちろん学業だったけれど…。
どうしたらいいのか分からなくて、伸び悩んだことを上司に相談したら、こういうような答えが返ってきた。
「(そういう問題は)自分で考えるもんだ。ただ、自分や周りがどういう立場で仕事をしているのかを理解することは必要だよ」
30を過ぎ、僕なりに得るものも失うものもあったけれど、そういう中で学んできたことが幾つかある。
そして、そういうことを(とてもオジサンくさいけれど)、身近な人に伝えたいと思う時がある。
それは、欲求でありながら、使命でもあると思っている。
ただ、大人になると、伝えるには状況と相手を選ばざるをえない。
相手の考えがどんなに違うと思っていても。
(話題から逸れるけれど、教師というのはそういう特権を持った肩書きで、そういうことをしなければプロではないと僕は考えている。)
結局、状況が許さず相手に伝えられないと、「向こうも大人だから」で片づけるしかなくなってしまう。
そこに、相手の閉鎖的な空間と、僕の閉鎖的な空間ができあがってしまう。
大人特有の対人構図。
違和感のある距離感。
無垢な幼児が、意のままに動き、意のままに喧嘩し、意のままに仲間と遊ぶ。
そういうことを、ふと、羨ましく思ってしまう。
化学の知識に敬意
カラリとした仕事の仕方が心地よく、久しぶりに息抜きをできました。
終業後は乙種危険物取扱者の3類と6類の勉強一回目を完了。
ガソリンや灯油の4類とは違い、カルシウムや過酸化水素などの化学物質について学んでいます。
一般家庭では持っていないものばかりだけど、どれも爆発や消火の対処を間違うと、大事故や二次災害になります。
そういう物質を扱う人たちはすごいなぁと思います。
市・県民税
同僚から、市民税と県民税の金額が高いよと言われ、幾らなのか聞いたら僕の倍でした。
何でそんなに違うのかを調べたら、あまり税金に興味を持ったことがなかったことに気づきました。
支払いは世帯毎。
昨年1月から12月の収入で計算。
扶養家族や医療費、保険費で控除額が増える。
簡単に言うと、自由に使えるお金は控除しませんよ、暮らすための最低限のお金は控除しますよ、ということかな?
だとしたら、家を買うと控除になるのかな?
確かに、結婚して扶養家族がいると、使えるお金が限定されるなと実感。
年収が段々増えていく人には前年が安いからお得で、下がる人は高い税金に驚かない準備が必要ということ?
ふと、税金対策をしてみたい気になりました。
あいうえお または朝の通勤路
救いを求める人へ
あまりに悲惨な事件で言葉にできないほどだ。
こういう事件をもって、「周りに迷惑をかけないで犯人が死ねばいい」、そういう発言を僕は好まない。
何の解決にもならない感情論だからだ。
僕はそもそも「周りに迷惑をかけなければ」という説教が大嫌いだ。
人は周りの人と関わり合うことを避けられない。
独りでは生きられない。
周りに迷惑をかけてもいい。
その代わり、かけたらかけたなりに相手に謝罪や感謝をし、誰かが迷惑をかけたなら自らが手を差し伸べて助けなくてはいけない。
人は支え合って生きている。
好きな人も嫌いな人も皆、支え合って生きなければならない。
それが社会だと僕は思う。
「周りに迷惑をかけなければ」には、そういう人間くさい生き方から距離を置く、エゴイスティックな面がある。
寧ろ、迷惑さえかけなければ何をしたっていいと勘違いも甚だしい理屈にたどり着かせる向きもある。
これを個人主義だというなかれ。
個人主義は、自己を確立することをもって成り立つ立場いうのであって、周りとの距離ばかりを避けるためだけにあるわけではない。
ふと、社会が、人間の関わり合いが、薄くなりすぎていやしないかと思う時がある。
プライバシーを盾に取り、個人情報の保護ばかり声高にし、とにかく自分と他人を対立の構図でしか見られなくなっているような気がする。
一人で歩いている子どもに声をかけることすらはばかられる、困っている人を見てみぬふりをする、電話番号ひとつ教えることすら悩む、そんな社会はやはりおかしい。
悪いことが起きたら、みんなでそれをしなくて済むように考えなくてはいけない。
小さい問題も大きい問題もだ。
こういう問題は難しい。そして、みんな忙しい。だから、考えないで済ませたい。
すると、他人やシステムに預けてしまうことになる。
殺人事件が起きる。
法律で裁かれる。
そんな流れを当たり前だと思うだろう。
でも、そこに「どうしてこんなことが起きたのだろう」「自分は何ができるのだろう」、そういう視点が毎回訪れている。
裁判員制度という制度が日本で始まろうとしている。
僕はそこに、関係者たちの危機感が見える。
辛いこと、汚いこと、腹立たしいこと、泣きたいこと、そういう事実を国民が法律のシステムに任せきりで、そういう現実があるということを、ニュースや新聞などのメディアで疑似体験し、大変だねぇで終わらせようとする向きに対しての危機感だと思う。
素人でいいじゃない。
みんなで考えるためのきっかけにすればいいじゃない。
この国で起きている大問題なんだから、自分にだって関係あるんだもの。
裁判員制度は、そういうことのためにあるのだと思う。
話を戻そう。
事件のことを聞いたとき、僕はこういう事件は今までもあったし、これからもなくならないと思う。
それは、こういう事件が、どれも社会から隔絶されたエゴイスティックな考え方から発しているからだ。
オウム真理教。
さかきばらせいと。
幼女誘拐。
小学校乱入。
彼らは事件を起こす。
その事件は、前兆がある。
前兆は誰かがそばにいて、それを感じるはず。
しかし、事件は起こる。
なぜか。
事件の前兆を誰も掴めていない、掴んでも知らないふりをしているからではないのか。
困っている、悩んでいる、追い詰められている。
すぐそばには沢山の人がいるだろう。
その誰にも、彼らは助けを求められない。
ただただ事件の方向へ向かい、そこに集約されていく。
事件を起こしたのは彼だろう。
でも、避けられない状態を作っているのは、僕ら一人一人がいる社会なのだ。
事件は一見、法で裁かれて片づくと勘違いされる。
でも、片づくのはその事件だけであって、次の事件につながる何かではないのだ。
氷山の一角。
法律をどれだけ厳しくしても、こういう事件はやまないだろう。
政治に任せても解決しないだろう。
自分以外の何かに期待をするのが的外れなのだ。
自分から始めなくてはいけない何かなのだ。
同じ被害を二度と繰り返さないために。
秋田県赤十字血液センター

今日は72回目の献血。
初めて本部のある、秋田市川尻の秋田県赤十字血液センターへ来てみました。
ここにあります。(google mapです。)
待合室には、成分献血で採る血漿で作った薬が展示されていました。
採血台もゆったりしていて、若い人がいなかったからか、とても静かな環境でしたよ♪
長いはずです、おじさん。
僕が横断歩道の前に着くと、
「ながい!」
「長いよな〜、兄さん!」
「え?」
「この信号、長すぎるんだよ〜」
「あ、ここ…」
おじさんは話を聞いていません。
「何でこんなに長いんだよ、このやろ〜」
そこは押しボタン式。
おじさんが向こうを向いた時、こっそりボタンを押しましたとさ。
ちなみに、おじさんはよほど納得がいかなかったのか、青になっても渡らず、信号に文句を言っていました。












