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死刑制度の是非

今回はちょっと長めの主張。

今日、内閣府の調査結果が公表され、死刑制度容認が初の8割に、とニュース各紙に掲載された。
結果、「場合によっては死刑もやむを得ない」が2.1ポイント上昇して81.4%。うち「将来も(死刑を)廃止しない」が61.7%、「状況が変われば将来的に(死刑を)廃止してもよい」が31.8%。
一方、「どんな場合でも(死刑を)廃止すべきだ」は2.8ポイント減少して6.0%。
小学校や子どもの遊び場での凶悪犯罪が増え、死刑を後押ししたというのがメディア大方の主張だ。

先ず言いたい。僕は死刑廃止論者ではない。死刑は制度として有用な面もあると思うし、日本から制度を完全になくすことはとても難しいと思っている。

その上で、今回の世論調査で死刑制度容認が増えた結果について、僕はとても残念に思った。
アンケート結果で死刑を容認する理由として、「凶悪な犯罪は命をもって償うべきだ」が54.7%、「(死刑を)廃止すれば凶悪な犯罪が増える」が53.3%、「(死刑を)廃止すれば被害を受けた人や家族の気持ちがおさまらない」が50.7%でそれぞれ上位になっている。
これらの理由を読んで僕は、「重大な過ちであり、悪しき日本の悪習だ」と思う。
果たして、死をもって償えば、問題はおさまるのか

最近のニュースを聞いていると、「(この犯罪を犯すと)死刑になると思った」「死刑になりたかった」という容疑者の言葉も耳につく。
容疑者が本当に死刑を望んで犯行を犯したのかどうかは分からない。(後からつけた犯行理由である場合もあるだろう。)ただ、ここで確実なのは「犯罪を犯すものにとって、死刑が一種の逃げ道」となる可能性を否定できなくなってきたことだ。「どうせ死刑になるんだから、世の中に滅茶苦茶なことをやったっていい」という考え方が認められる素地が、静かに出来てきてしまってはいまいか。

死刑は恐れられ、避けられるなら避けたいという心理が働いてこそ、初めて機能性を持つ。死刑制度が逆に活用され、望むべくして死刑に処されるのであれば、死刑は制度と呼べるだろうか。

僕は言いたい。死刑は解決手段ではあっても、解決そのものにはならない、と。
死刑というのは、凶悪犯罪の増減で要不要が変わってはならない種の刑罰だと思う。
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