大学で学んだ哲学

大学で哲学を学びました。

学んで、三つのことに気づきました。

ひとつめは、「本当の」「正しい」という言葉の怪しさ。
氾濫しているこれらの言葉がいかに胡散臭いものであるかを、「本当で正しいこと」を見つける難しさを、哲学に突きつけられました。
人はその功罪を分かっていながら、無意識にこれらの言葉を受け入れていきます。
人が、何かを信じたい生き物で、分かりやすいことを求める生き物だからです。
一番怪しいことは無意識で受け入れられてしまう言葉の中にある。
僕はそう感じています。

ふたつめは、哲学に課せられている課題のひとつが「当たり前として流されることに、再び息吹きを与える」ことだということ。
「死」や「存在」など、ごく平たく受け入れられ、流されているものを掘り返し、洗い直す必要があります。
その仕事は哲学が請け負うべきだと考えています。
もちろん、洗い直しても、何も出ないこともあるでしょう。無駄な作業と思うかもしれません。
しかし、洗い直した言葉は、各々にとって、そして社会にとって磨かれていくはずです。
哲学はそうやって確かめながら言葉に息吹きを与えていく作業なのだと考えています。

みっつめは、それらの「哲学をする」という行為は、大学ではできないから街の人間がやる必要があるということ。
大学でやっていることは哲学書の研究であって、正面きって哲学しているわけではありません。
今の世の中では、哲学は学問の枠に収まりきりませんし、職業とすることが難しい分野なのです。
そして、大学の哲学研究は僕らが生きることに全く活かすことができません。
価値観をひっくり返すようなこと(パラダイムの変換)も出来ませんし起こりません。
活かさなくてもよい、それが哲学のあり方だという意見もあります。
しかし、それでは哲学に存在意義がありません。
哲学には存在意義を持たせる必要があります。
哲学が死なないためには、大学の学者とも、無関心な市民とも違う、第三の人間が必要だと考えます。
表に出て、哲学をしなくてはならないと感じました。

僕はそんなことを大学で学びました。
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テーマ : 哲学/倫理学
ジャンル : 学問・文化・芸術

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