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弟の良縁

内緒の話みたいですが、弟が結婚までそう遠くないのだそうで!
(こっそり母から聞きました)

会ったことはないけれど、相手はうんと若く、明るく、さっぱりした性格の人だとかで、ああ、それは素晴らしいなぁと思ったのでした。

付き合ってまだ一年足らずのようですが、まだ20歳過ぎて間もないというのに、ちゃっちゃとお互いの両親に顔見せして、食事まで一緒にしているとのこと。
自分の世代だと何となく気後れして、顔見せが遅くなりますが、いるんですね、今はそういう考え方をする子も。

個人的には、性格がめんどくさくないことって、連れ合いにはとにかく重要だと思っていて、長く一緒にいるには、とにかくミテクレなんかより性格だと思っています。(弟の彼女はミテクレも悪くないみたいですが!)

よほど本人に詳細を聞こうかと思いましたが、当人にとっては繊細な話題だし、母から聞いて良縁だと思ったので、弟から連絡が来るまでの間、あたたかく見守ろうと決めたのでした。

出会いって、あるところにはあるんですねえ。

早く結婚して、甥姪できないかな!

実家の居場所がなくなるプラトより。

弟が結婚するなんて素晴らしい!
おめでとう!

Twitterはおしまいに。

長くTwitterをやっていたけれど、辞めることにしました!

ちょこちょことつぶやくのはなかなか楽しいけれど、5年くらいやってみて感じてきたのは、その一方向性や、双方がよく分からないまま続く関係性。

LINEやFacebookのように親しい人だけでグループを作るわけではないからこそのシステムが、社会にはないもっと開放的な形を作るんじゃないかと思って、気づけば続けて5年。
でも、出来上がってきたのは、有名で相手に興味がない情報発信型アカウントと、薄く浅く、小さなコミュニティを作るアカウントたち。

やっぱり、SNSは社会の縮図だなぁと思ってしまいました。

その代わり、ブログとインスタグラム(写真を投稿し、世界中の写真が集まるSNS)をやっていこうと思います!

Twitterには、他にもあれこれ思うところはあるけれど、ともかく、描いていたような形にはもうならない気がするので、離脱!(えいやっ!

テーマ : 日常
ジャンル : 独身・フリー

母との約束

今日は、73回目の母の誕生日。

家を飛び出した子どもから母へ誕生日の電話。
「誕生日、おめでとう」

何かいるかと聞いても「何もいらないわよ」と一言。
「で、いい人は見つかったの?」「(笑)」

ここ十年ほど思っていたことがあった。
母は、一人でどこかへ出かけたいと若い頃から言っていた。
本当なら夫婦でと言いたいところだけど、
母は一人が好きで、父と行くなら行かないと言う。

「じゃ、俺と行くか。」
「そうねえ」
「どこがいい?」
「若い頃に行ったハワイかしら」
「えー!ハワイ?」
「いいわよ、ハワイ。」
「国内の方が楽じゃない?」
「行きたいところないわよ」

「じゃあ、あれは?鹿児島の方にある奄美…」
「奄美大島?」
「そう、それ」
「(そう、それって、テキトーでしょ…)」
「じゃ、考えておいて」
「うん、考えておくよ」

さて、行けるかな?

テーマ : 今日のつぶやき。
ジャンル : 日記

あれからあの子に会ってない

あれからあの子に会ってない。
もう一ヶ月にもなる。

職場と顔さえ分かるものの、
名前も知らず、いつ会えるのかも分からない。
交わした言葉は二言、三言。

毎日に焦りすら感じるこの感情。
忙しさの中に埋まっていく自分。
縁は遠い、縁は遠い。

次に会える機会はいつだろう?

それなりに

自分のことにお金を使うことに、
最近ようやく慣れてきた。
言われてみれば確かに、
前からお金を使ってはいたけれど、
どうでもいいようなことのように
お金を使っていた気がする。

それなりにお金を得て、
それなりの年齢である僕は、
それなりに自分にお金を使う。

妥当性

それがそれなりの結論?

時間について

時折、瞬間的に時間を強く感じることがある。
そして、自分が感じるその時間の何百何千倍もの時間を今まで生きてきたことに思い至る。
時間とは何だろう。

何かをして忙しく時を過ごすのも悪くないけれど、何もせずにいつもつきまとっている時間に付き合うのも悪くない。

時間の中には、管理できる客観的で合理的な一面の他に、影のようにつきまとい、風のように瞬間の濃さを変えながら、通り過ぎるように生き物のごとく振る舞う詩的な面がある。
時間の、管理できず、主観的で不合理な一面。
誰にでもあるけれど、誰にも気づかれないような自分固有のもつ時間。

哲学者ハイデガーは「死を忘れるな」と言った。
人は生きている限り、死の道から外れることなく歩み続けなければならない。
その道を一緒に歩くのが、誰でもない、時間だ。
彼は、時折急かし、時折佇ませながら、到着まで伴い続ける。
約束違反を犯さない限り。

彼に伴われず歩むことは許されない。
だが、彼に着いていくだけではなく、彼を先導して歩くこともできるのだ。
生まれ出でた力を呼び寄せること。
土へ還る力へ向かうこと。

できることはそこまでなのだ。
繰り返すのだ。
入れ子のように。
そこに命は与えられたのだから。

テーマ : 詩・ことば
ジャンル : 小説・文学

つながりあう行為

30代になって、よく墓参りをするようになった。

自分の親にはその親がいて、さらにその親がいる…。
そんな当たり前なことを何代も繰り返しながら何千という年月を経て今の自分がいる。
長い世代のつながりや、自分という存在のルーツの片鱗に
出会えるのが墓参りだと思うようになった。

時代は違えども、どの先祖もきっと僕のように悩んだだろうし、僕のように笑っただろう。
そう思うと、先祖や墓参りは何だか分からないものなどではなく、
ごく身近な存在でごく身近な行為であると思える。

そういう全ての思いをひっくるめた象徴として、墓がある。
僕らにつながったものを表す象徴としての墓。

また、今、縁のある人とは、昔々にも縁があったのかもしれない。
そう思うと、決して自分の家だけではなく、
その大事な人の墓も大事なものなのだと思えてくる。

墓石なんて小さなものだけれど、そこにつまっているものはずっとスケールが大きい。

行き、墓前に立ち、手を合わせる。
ただそれだけの行為でいいと思う。
ただそれだけの行為で、そういう深みとつながりあえる。

だから僕は墓参りをする。

テーマ : つぶやき
ジャンル : 日記

健康診断の結果

先日、健康診断の結果が返ってきました。

もう若くないなと思わせられる瞬間のひとつが、この「健康診断」です。

20代のツケが確実に棚卸しされて返ってきちゃう30代。

食事、運動、睡眠。
毎日の結果なんですよね。
うんうん。

でも、何で若いうちは異常が出にくいんでしょうね。
若さが無茶した分をフォローしているのかな?

一年前、経過観察がひとつ出ました。
要治療ではないものの、何となくショック。
「あ、やっぱり人間も30年以上やると劣化してきちゃうのね」と。

今回の受診では生活を少しだけ変えてみていました。

結果、無事、健康に戻っていました。
数値も良好。

どれくらい背が伸びたかが楽しみだった健康診断も、
三十路を過ぎると不安の種なんですね。

助さん、角さん、三十代は侮れませんなー。
かっかっかー。

テーマ : つぶやき
ジャンル : 日記

(下書)曖昧を紐解くために

お父さんは仕事、お母さんは主婦という時代が終わりつつある。

今から20年ほど前、僕が中学生だった頃、社会科の公民の授業で先生がこんな質問をした。
「結婚した相手に働いてもらいたい人?」
まだ「鍵っ子」という言葉があった時代。
女子生徒にも該当した質問だったのかは覚えていない。
クラスメイトの男の子の中には、お母さんが働いているから同じでいいという意見があった。

僕は、その時に先生に当てられてこう言った。
「家に(いないと寂しいので)いて欲しいです」
きっと、クラスメイトの意見に不満な表情だった僕を先生が見つけたのだろう。

20年後の今、女性進出が進んで、共働きになった今の社会を見ると、それもありかなと思う。
ただ、全ての女性が社会進出を望んでいたかと考えると、疑問符がつく。
主婦としてありたいと思いながらも、現実には少しでもお金をと考えてやむを得ずに働きに出る者もいるだろう。

女性の社会進出が進めば、勤労者は単純に倍になる。
勤労者が増えたら喜ぶのは誰か?
女性運動家は本当に解放を目指したのだろうけれど、実は「誰か」の狙いがあったんじゃないのかと、たまに思う。

男を立てる幸せがあった世の中に、一緒に働きに出る幸せというもの現れた。
そして、女を立てる幸せも加わった。
これが生き方の多様化なのだろう。
ただ、多様化は本当に素晴らしいのかと言われると、そこには疑問もある。

今や差別用語のようになってしまったが、今の時代を経れば経るほど、女らしいことや男らしいことが社会を混沌とさせない上で非常に重要なキーワードだったのではないかと思えてきている。

分かりやすい、明確な、単純な社会というのはとても理想的だ。
今の社会を見ると、何もが分かりにくく、曖昧で、複雑。
隣にいる年の近い人間ですら何だかよく分からない。

社会が曖昧だと「社会はそういうものだ」という理屈が出てくるが、社会は僕らがそうすべくしてそう創っているものだ。
社会は受容すべき対象ではない。
創っているのは僕らなのだ。

曖昧な社会は、人々の曖昧な精神を増長させ、さらに曖昧な社会を形づくる。
その先には何がある?

複雑さや曖昧さが様々な社会現象となって現れているから、僕らは敢えて自分の範囲内でシンプルな「何か」だけを頼ろうとしてしまうのではないか。
お金至上主義だったり、宗教にのめり込んだり、虚構の世界に逃げ込んだり、精神的な病になってしまったり。
それは元々は不健全な態度だったのかもしれない。
ただ、今の世の中では、そうしないと自分の中の何かを守れないからそうなっていく、とも考えられないか。

今、男は弱くなった。
女に嫌われるのが怖い。
女と一緒にいるのが怖い。
男はもともと臆病で小心者だ。
そこにきて、異星人みたいな女が経済的に自立して、もっと強くなった。
どうしていいか分からない。
勝つには相手以上に強くなるくらいしか浮かばない。
それができないのをていのいい言葉でごまかしてしまう。
「めんどうくさい」

多分、このままじゃダメなんだろうというのは、男も女も分かっている。

もう少し語りたいけれど、結論を急ぐ。
忘れないうちに。

今の世の中で大事なのは、男であることや女であることなのではないか。
女性進出は間違っていないと思いたい。
ただ、この「静かな混乱」はどこかに収束させなくてはならない。
シンプルな性差を取り戻せれば、シンプルな社会構造を作ることができるのではないか、と思う。
自分が何者かをはっきりさせなければならない。

男や女であることを、子どもや大人と読み変えて考えてもいい。

自分が何者であるかをはっきりさせなくては、他者が何者であるかは分からなくなるのだから。
それは哲学的な自分探しなんかでは、もちろんない。

テーマ : 誰かへ伝える言葉
ジャンル : 小説・文学

自己紹介

プラト


    NAME: Masatoshi
    LIVE: Aomori city, Japan
    engineer/ study chinese/ travel/ reading/ movie/ coffee/ chocolate/ apple's/ airplane/ law/ philosophy/ radio/ blood donation

    クリックで救える命がある。

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